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馬鹿だった私。「少しだけなら…」ウォーキングがエスカレートし、20週で切迫早産で入院

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待ち望んだ初めての妊娠で、主人も双方の両親も大喜びでした。

どちらにとっても初孫という事もあり、妊娠がわかり次第、大事をとって仕事を辞めました。

もともと、痩せ型ではなくぽっちゃり体型で血圧も多少高めだったので、妊娠がわかってから病院ではすぐに、浮腫まないように塩分を管理するよう言われてきました。

味の濃い食事をすると、足に浮腫みが感じられ、次の日には痛むような重みがありました。このままではいけないと思い、私の体重管理が始まりました。
 

妊娠初期ですから、つわりも大してなく、激しい運動さえしなければウォーキングくらいは可能でした。

毎日、スーパーに買い物ついでにウォーキングを4キロ行っていました。

歩いていると、だんだん楽しさも出てきて調子に乗ってドンドン進んでしまいます。

食べても浮腫まなくなったのも楽しさの一つでした。

あの向こうのスーパーまで行ってみようか、あっちのドラッグストアまで、が段々エスカレートしてきました。

あっちの図書館まで行こう、あっちのレンタルショップまで、と思っているうちに、ただ歩くことが目的だったはずが、図書館で借りたから返さないと、レンタルしたから行かないと、いけないに変わって行ったのです。

気がつくと毎日、疲れているのに遠くまで歩く義務を背負ってしまいました。

 

そんな時、病院の検診で血圧が上がっている、お腹が張ってきていることを注意されました。

薬を服用するように言われ自宅安静になりました。

2、3日は寝ている生活を続けましたが、返却期限が来ていることもあり、ちょっとだけなら天気もいいし、と出掛けてしまいました。

休憩しながらテクテク歩き始め、目的を果たして帰ってきました。

気持ちも何だか落ち着いて自宅で横になった時です。

ほっとしたからか、ズンと体が重くなり、そのまま動けなくなってしまいました。

夜になって薬を飲んでも体調は良くならず、すぐに主人と病院へ向かいました。


切迫早産でした。

 

入院して、子宮収縮抑制剤の点滴をし、ベッドから降りないでと言われてしまいました。

唯一、トイレだけは、ベッド横のポータブルトイレを利用する為に布団から出ますが、それ以外は立ち歩くことさえ禁止されました。

妊娠20週めでの事で切迫流産と切迫早産の間で、「今、産んだら生きていく保障は出来ない」と言われてしまいました。

 

私は、自分の気持ちを優先し、赤ちゃんのことを何も考えていなかったのです。

主人や両親に今までの経緯を話すと「何を考えているんや!」と激怒されました。

私も主人も皆が望んでいた赤ちゃんが苦しがっているのです。

本当に馬鹿な私でした。

 

その後、3週間の入院期間を経て無事に退院しました。
その時の教訓があって、自分でなく赤ちゃんの為に絶対に無理はしないと決めました。

それから、妊娠10ヶ月に入り、無事に出産しました。

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著者:らんこ

年齢:30歳
子どもの年齢:8歳

そんな苦労して産んだ子供はとても元気な男の子でした。切迫の危機を乗り越えて来てくれた運命の子供だと思っています。私たち夫婦も食べることが大好きですが、彼も同じように食べることが大好きでたくましく育っています。

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