妊娠出産をきっかけに、職場で不当な扱いや嫌がらせを受けることを指すマタハラ(マタニティハラスメント)。法律事務所でマタハラ被害の相談を受けている大渕愛子弁護士と、実際にマタハラを受けて苦しんだ経験のある3名の女性に集まってもらい、それぞれの体験を語っていただきました。
前編では、3名の女性が実際に受けたマタハラ被害についてお話しいただきました。後編となる今回は、気になる弁護士費用や解決に向けての動き方について教えてもらいます。
-Profile-
ミキティさん:26歳。子どもはもうすぐ1歳。配送センターに勤務していたが、ひとりの先輩から嫌味を言われ続け、自主退職に追い込まれる。
タカミさん:子どもはもうすぐ1歳。転職直後に妊娠が判明。試用期間の終了と同時に解雇を言い渡されてしまう。
ミホさん:子どもは7ヶ月。女性の多い職場で理解があると思いきや、先輩達の妊娠体験をベースに物事を決められ悶々とする。現在育休中。
最高裁でマタハラが認められる!今は社会の変革期
大渕:これまではマタハラがあっても水面下に隠されていましたが、今は子どもを産んでも働き続ける女性が増えたため、認知されるマタハラ件数も増えてきています。共働きが不可欠な時代なのに、職場の皆さんの意識が社会の必要性にまだ追いついていない、ちょうど変革の時期なんだと思います。
ミホ:確かに、最近になってようやく「マタハラ」っていう言葉が浸透し始めた感じがします。
大渕:一昨年、マタハラによる降格事例で最高裁が違法の判決を出しました。最高裁でマタハラが認められたのはそれが初めて。その頃からマタハラの相談件数も増えてきました。今までは、自分の受けている仕打ちがマタハラなのかもよくわからないまま我慢してしまう人が多かったと思うんです。
ミキティ:それじゃあ企業側も少しはマタハラを意識し始めてる?
大渕:「一億総活躍社会」とも言われる今の時代、日本の社会全体としても女性に育児と仕事を両立してもらわないと成り立たない状況なんですよ。だから政府もマタハラ撲滅に向けて動いていて、企業に指導もしてるんです。でも、危機感を持ってきちんと対応している大企業に比べて、中小企業まではなかなか行き届いてないのが現状ですよね。まだ社会の動きと実際の現場がちぐはぐな感じ。みんなが意識を変えていくのはまだまだこれからだと思います。
妊娠すると申し訳ない気持ちで一杯に…。仕事の穴は誰が埋める?
タカミ:職場に妊娠を打ち明けるときに、「妊娠してすいません」みたいな気持ちになっちゃうのは悔しいですよね。
大渕:本来、肩身を狭くする必要なんてないはずなのにね。ほとんどの女性が、残業できなくなることや育休を取ることに対して、会社に申し訳ないという意識を持ちがちです。これからの女性にとっては、もう職場選びの段階から妊娠出産への理解がある会社かどうかが、すごく重要な判断基準になっていくと思います。
ミキティ:妊娠して働き方が変わることで、周りから嫌な目で見られたりするのはどうにかなりませんかね?
大渕:妊娠した女性の働き方がある程度変わるのは当然のこと。ただ、できることがあるとすれば、自分の仕事をスムーズに引き継げるよう準備しておくのは大切かもしれないですね。自分が抜けたとたんに業務が滞ってしまわないように、誰でもわかるマニュアルを作っておくとか。そういう体制をばっちり整えた上で妊娠の報告をすれば、理解されやすくなるかもしれません。
ミキティ:例の嫌な先輩は、妊婦だからって特別扱いはおかしいと主張してて、自分と同じ仕事量を今まで通りにやらせないと気が済まなかったみたいです。
ミホ:確かに、妊婦さんのせいで自分の仕事を増やされたっていう被害者意識は簡単にはなくならない気がします。
大渕:従業員の妊娠や病気は、会社側が常に想定しておかなければいけないこと。それぞれの業務の割り振りだって会社として調整すべきであって、しわ寄せが誰かに偏ってギスギスしてしまうのは、決して妊婦さんのせいじゃないんですよ。そういう事態に備えて日頃から体制を整えておくべきなのに、いつも仕事が目一杯パンパンでみんな残業してるような状況であれば、一人抜けただけでもパニックになりますよね。そんな状態で会社を運営していることにこそ問題があります。
気になる弁護士への相談費用は?
タカミ:実際に弁護士さんに相談となるとハードルが高いような気がして…。どの程度の被害を受けた場合に弁護士を頼ればいいんでしょうか?
大渕:間違ったことがまかり通るのを許せないと思うか、些細なことだし自分さえ我慢すればいいと思うかは人の価値観によりますよね。実際に相談に来られるのは、即解雇されたというような明らかな違法行為よりも、じわじわと嫌がらせされて自主退職に追い込まれたケースが多いです。最初は負けずに頑張ろうと思っていても、嫌がらせを受けるうちにうつ状態になってしまったり、精神的に追い詰められて相談に来られる方もいらっしゃいます。
タカミ:弁護士さんを頼むとお金はどれくらいかかるんですか?
大渕:相談料の相場としては1時間1万円くらいです。マタハラに対してどういう対応を取るべきかアドバイスしてもらえるので、相談する価値はあると思いますよ。その先さらに踏み込んで、弁護士同行で会社と交渉するとなると、着手金10万円くらいからの料金が発生することが多いでしょう。その辺はケースバイケースなので、いくつかの法律事務所に電話で聞いてみて、相性が良さそうなところを選べばいいと思います。最近はホームページにも情報が出ているので、弁護士にも頼みやすくなっていますね。
弁護士=訴訟ではない!? 弁護士に相談するとどうなるの?
ミホ:弁護士さんに相談したとして、その先どういう展開になるんですか?
大渕:まずは弁護士のアドバイスを受けて、当事者同士で話し合ってもらうのが一番。それでも相手にしてくれない場合には、弁護士が会社に同行するのがよいかと思います。話し合いの場で法的な問題点を指摘して、それでもダメなら次は労働局に行政指導してもらいます。話し合いの段階で会社側が誤りに気付いて改めてくれれば、それ以上責任追及する必要もないですし、そこで一件落着。それでも会社側が非を認めなかったり、解雇を取り消さない場合には、慰謝料請求をしたり、解雇無効で訴えることも考えます。
ミホ:弁護士さんに相談となると、いきなり訴える訴えないの話になるのかなと思ってましたけど、その前のステップが大事なんですね。
大渕:その通りです。訴訟は本当にどうしようもないときの最後の手段ですが、それは誰も望んでないことで、その前に解決すべき問題なんです。会社のほうもことの重大さに気付いていないだけだったりするので、法的な問題点をしっかり指摘すれば動いてくれることは多いと思います。
タカミ:でも、話し合いで解決したとしても、その後会社に居づらくならないですか?私はそれが少し怖いです。
大渕:会社と冷静に話し合いができた方は、その後も円満に働き続けているケースが多いですよ。ただ、あまりにも会社を罵倒してしまったり、上司のことを悪く言いすぎて嫌われてしまったような場合は、やっぱり後々居づらくなって、自分から辞めていく人もいます。
タカミ:やっぱりあまり感情的にならずに冷静に立ち向かうことが大事なんですね。
大渕:マタハラの意識にはかなり個人差があると思うので、冷静に話し合いができればわかりあえることは多いと思うんですよ。泣き寝入りはできるだけしないで、「そういうことは問題だよ」って声をあげてほしいなと思います。
ひとりで悩まないで、まずは誰かに相談を
タカミ:マタハラを誰かに相談したりすると、居づらくなって結局辞めることになるんじゃないかって思い込んでいたので、会社と揉めた後も働き続けている人が多いと知って驚きました。冷静に解決させればそのあとも働き続けることはできるんですね。
ミキティ:弁護士に相談っていうと、大事になるようなイメージがあったんですけど、的確なアドバイスがもらえるのであれば相談してみたかったですね。それで気が楽になったかもしれないし、仕事も続けられたかもしれないし。
ミホ:一人で悩まなくても、マタハラを相談できる場はたくさんあるんだってことが勉強になりました。もっとそういうのが世間的に広まるといいのにな。
大渕:マタハラに関する他の事例とか、自分に何ができるのかを聞いておくだけでもだいぶ楽になりますよね。仕事を続けるにしても、自分の意思で辞めるにしても、選択肢が広がると思います。ひとりで悩んでいる方も、相談できる場を探して、少しでも気持ちが軽くなればいいなと思います。
ゼクシィBaby WEB MAGAZINEの記事
大渕愛子さん
1977年8月12日生まれ。A型。東京都出身
2001年弁護士登録。東京弁護士会所属。アムール法律事務所の代表弁護士。大手法律事務所での9年間の実務経験を経て、2010年1月に独立。事務所内に「ウーマンズサロン」というカウンセリングルームを設け、男女問題を中心に、女性からの相談を幅広く受けている。
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