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痛みの合間、ほんの数秒でも眠りに落ちる…長い長い陣痛の末、体力の限界で出産

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私は初産で、周りにもあまり経産婦の友達がいなかったため、出産関連の本やネットでいろいろ調べていました。

でも正直、本で読んで想像していたのとはいろいろ違ったので、これから出産を迎える方の参考に少しでもなればと思います。

 

陣痛開始から出産までの大まかな流れは、

出産2日前 夜10時頃→おしるし

出産前日 朝3時頃→陣痛開始

出産当日 夕方4時半→出産

よって、陣痛開始から出産まで37時間程。つまり、丸2日寝ずに陣痛と闘い、出産しました。

 

まず、予定日5日前の夜中におしるしから始まりました。

家でトイレに行くと、薄いピンク色がついていて、その4時間後くらいに陣痛が始まりました。

前駆陣痛なし、いきなりの本陣痛で、今思えば始まりの痛みは全然弱かったと思うんですが、始めから8分間隔でした。

 

陣痛の痛みについて本やネットでよく目にしていたのは、

「生理中の腹痛のもっとすごく痛いやつ」でした。

でも私の場合は腹痛なんてなく、

「エンドレスに腰が砕けるほど痛い」でした!

陣痛が来るたびに、本気で腰の骨が折れるんじゃないかと思いながら拳で叩いてました。この痛みが逃がせるのなら、腰の骨なんて折れてもいいくらいの勢いで…。

 

始めは、少し痛いなぁくらいでしたが、どんどん痛みが強くなり、眠れないまま朝を迎えました。

早く病院に行きたかったのですが、なんとなく夜暗い中に行くのが嫌で朝まで待ちました。

 

今思えば、朝まで待てるくらいの痛みだったんだと思いますが、当時は死にそうに感じていました。

間隔がずっと10分を切っていたので、明け方に病院に電話して、声のトーンから病院が開く時間まで待てると判断され(助産師さん、さすが)、旦那と9時に朝一で診てもらいました。

まだ子宮口は1センチ程しか開いておらず、このまま病院にいても変わらないと言われ、一度帰ることにしました。

この時点で、自分の中ではまたまた死にそうな痛みと感じていましたが、実際には車に30分乗って帰宅できるくらいの痛みだったということです。

 

そして、昼前に帰宅してからが本当の地獄でした。

病院にいた時は、元気に先生と話せるくらいの痛みでしたが、陣痛の波がきたときは旦那とも話せないくらいに痛みが強くなってきていました。

陣痛の合間はもちろん痛くないので、会話したりご飯を食べました。

相変わらず陣痛の間隔がずっと10分切っていて、さらに痛みはどんどん強くなり歩けないようになってきたので、夜はお風呂にも入れず、歯も磨けないまま2度目の朝を迎えました。

 

丸一日の陣痛にとうとう耐えれなくなり、朝5時頃病院に泣きながら2度目の電話をし、そのまま入院することになりました。

この時の私の正直な気持ちは、「やっと入院できて、すぐ産めるー!」でした。まだまだここからが長いのも知らずに…。

 

出産当日の朝7時頃に入院した私は、担当になった助産師さんからいろいろ話を聞いたりしましたが、痛すぎてあまり聞いてなかったと思います。車に乗ってる間も、病院に着いた時も、陣痛がきた時はうずくまっていました。

朝一で入院したから、お昼には赤ちゃんに会えると思っていたら全然甘くて、着いてすぐに内診してもらっても、まだ子宮口1cm。お昼に診ても、まだ1cm…。

 

絶対に旦那の前で弱音は吐かないと決めていましたが、さすがにお昼頃に心が折れそうになり、「もう無理ー」と言いましたが、スルーされました!

お昼ごはんが出たけども、陣痛間隔が4分とかだったのでもちろん食べられず、楽しみに持ってきたお菓子も食べられず、もちろん歯も磨けずのまま午後になりました。

 

昼食の時間が終わると先生が来て、

「相当陣痛が長くて体力が心配だから、促進剤使う?」

と聞かれ、即答で「お願いします!!!」と答えました。

正直この時私は心の中で、(早く産みたいんだから聞くまでもないだろー)と思っていました。すごく優しい先生なのに。

 

この後、促進剤がどういうものなのかも知らずに答えた私は、すぐに後悔しました。

なぜなら私の痛み逃しは、前のめりなってお尻を突き出して腰とお尻を叩いてもらう体勢だったのに、点滴みたいに促進剤をいれていくためベッドに横たわり動けなくなかったからです。

これは、本当に痛くて辛く最悪の時間でしたが、促進剤を使わなければもっと長く痛みと闘わないといけなかったと思うので、いまは良かったと思います。

また、この時は助産師さんが神のように思えました…!

それまでは、旦那に腰を叩いてもらって痛み逃しをしていましたが、いよいよそんなんでは耐えられない痛さになり、死にそうになっていたら、適切なタイミングで座る体勢になれるイスを用意してくれたり、足を挟むクッションを持ってきてくれたり、お尻の下にテニスボールを入れて押してくれたりと、こちらが何も言わなくてもやってくれて、本当に助かりました。

 

あとどれくらいで産めるか聞くと、

「きっと1時間後には、赤ちゃんに会えるよ」

と言ってくれ、この言葉を支えに頑張りました。

やはり、あとどれくらいで終わるのか、という見通しがあるのとないのとでは、気持ち的に違ったと思います。

 

さて、ここで恐れていたトイレ問題が発生!

痛みが強くなり、休める間隔も短くなってきてからのトイレは本当に辛かったですが、漏らすわけにもいかないので、陣痛の合間に急いで行きました。個室の中でもドアの前でも地べたに這いつくばっていました。

 

そうこうしているうちに、子宮口がやっと7cm開いてきて、助産師さんから

「いきみたくなってもまだダメよ」とか「破水したら教えてね」とか言われたけど、正直痛みが強すぎて、そんな感覚は全く自分では分かりませんでした。

その後、夢にまで見た分娩台に早く上がりたかったので、少し早すぎたようですが分娩台に上がりました。

 

ここからが本当の地獄だと思っていましたが、私の場合は先の見えない痛みとの闘いより、陣痛に合わせて踏ん張る(いきむ)方が精神的に楽でした。

ただ、ずっと寝てなく食べてなかったので、体力的には限界で、陣痛の合間の一瞬に死んだように寝てたので、周りから何度も気を失いかけてると思われたようです。

でも、そのたった数秒が私にとって貴重な睡眠時間でした。

 

そして分娩台に上がってから1時間半後、赤ちゃんと出会えました!

ただ、体力的に限界だったので、カンガルーケアで胸の上にきたときは正直、(やっと終わった。早く寝させてくれ)と思いました(笑)

少し時間が経ってから、喜びが感じられました。

 

最後に…

よく、経産婦から出産の痛みについて聞くと、忘れちゃったと言われ、陣痛の間やいきんでる最中は、「こんな痛み忘れれるワケないやろー!2人目なんて無理!!」と思いましたが、赤ちゃんに出会えた瞬間、ほんと忘れちゃうくらい我が子がかわいいです(笑)

著者:マコ

27歳。12月に退職し、1月に長男を出産しました。すでに仕事がしたいです(笑)

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。