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トップオブ安産を目指して。安産対策に異様にギラギラしていた妊娠期 by 田房永子

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「ケツがデカすぎる」「安産体形」と言われてきた私は、「自分の能力が一番発揮できること、それは安産だ」と意気込み、トップオブ安産を目指すことにしました。(詳しくは前回を参照)

 

安産に関する情報を集めているうち、一番「ビビーン!」と来たもの。それは、助産院の畳の上で出産している人の動画でした。

その人はただじっと自分の股の方向を見つめ、スースーと息をしているだけ。もしこれがドラマや映画の出産シーンの演技だったら、監督から確実にNGが出ると思う。しかし動画の中では、次の瞬間には赤ちゃんの産声が。

こんなこともあるのかあ…、と思ってコメント欄を見ると、「信じられない、痛くないの?」「私、暴れまくったんだけど!どうしたらこんなのことになるの」と経産婦さんたちがどよめいています。

私はこのコメントを見て、「これはものすごい安産なんだ!」と知り、こういう分娩がいい! と思いました。

目標は「陣痛が始まって20分で分娩開始、スースー息してるだけでスルッと生まれる。終始、涼しげな顔」というものです。とにかく誰よりも早く、そしてクールに。それが私のこだわりでした。

 

具体的な安産のイメージが固まった私は、助産院の安産講座に通うようになりました。

冷え対策講座では、半身浴(40度くらいのお湯に下半身だけつかり、汗がでるまで1時間くらい入る)を薦められたので毎日のようにやり、「お腹の赤ちゃんのちょうど足のところにお母さんの胃があるから、アイスなどの冷たいものを食べると、赤ちゃんが『足が冷たい』と思って逆子になってしまう」と先生が真顔で言うのを信じ、冷たいものは一切口にしませんでした。

今となると、さすがに胃に着いたころにはアイスも人肌になっているのでは? と思うのですが、その時はすべてを信じ切っていました。気分はストイックなアスリート。充実というより、必要以上にギラギラしていたと思います。

 

そして呼吸法の講座では、武道の先生から陣痛の痛みを散らす呼吸法を教わりました。

「あーーーーー」と軽く声を出しゆっくり細く息を吐ききる、そして同じように鼻からゆっくり細く吸いきる。というものです。

先生はおっしゃいました。「私が4人目を出産した時、自宅で陣痛が来たからこの呼吸法をしていたのね。まだそんなに痛みを感じないから大丈夫と思ってたら、赤ちゃんの頭が出てきちゃったの。手で押さえながら助産院に来たんだよ」と笑いながら。

 

そ…そんなこともあるんだ……! 

私はそもそも安産なはずな上に、これだけ安産対策をしてるんだから、普通の安産を通り越して「陣痛なしで出てくる」というハイパー安産になるのではないか?!

この時から私は、「安産すぎて予想外の場所で出てきてしまうのでは」という不安を抱えるようになりました。

あまりに不安で、通っていた産婦人科での「妊婦お話し会」にて、「自宅で出てきちゃったらどうすればいいのか?!」と助産師さんに質問しました。

まわりの妊婦さんたちには「え…(何その質問)」とざわざわ。しかし助産師さんが真摯に、ふつうのこととして答えてくれました。

出てきてしまったら、救急車を呼んで、立膝の姿勢になって産んでしまうこと。へその緒はそのままに、タオルで赤ちゃんを巻いて、横になっていること。救急隊員がぜんぶやってくれるから、それにまかせること。

実際は、その状況によって違うから、この対応でまるまるOKってわけじゃないかもしれないけど、私はものすごく安心し、この助産師さんが大好きになりました。

 

この頃の私が取り付かれていた、誰よりもラクで軽いハイパー安産の妄想。

これは結局、分娩という自分の経験したことのない未知なることに対しての、他人からのいろいろな意見や情報やコメントをもとに絞り出されたものでした。

私の頭の中でそれらは「こういう対策をしておけば安産」という情報になります。つまりそれは裏を返せば「安産じゃない人」の出産体験にケチをつけるようになる、ということです。

「自然に、何も使わず、早く、シンプルに、クールに、そんな出産が一番」と思い込んでいるので、お話し会で他の妊婦さんの「一人目は出てこなくてバルーンを使いました」とか「難産で24時間かかりました」とか「促進剤を使いました」という体験談と聞くと、頭の中で「あちゃー」とか「半身浴やってなかったんじゃないの」とか、思ってしまうようになっていたのです。

分娩、出産なんて、誰かと争うことじゃないのに、しかもまだ自分は出産したことないのに、異様な優越感を持つ日々が1か月くらい続きました。

 

そしてまた、お話し会に参加した時のこと。例の私の大好きな助産師さんが、自身の出産体験を話してくれる日でした。助産師さんは笑顔で話し始めました。

「ぜんぜん出てこなくて、なんと3日間まるまる陣痛だったの。最終的にバルーンを使ってね。大変だったけど、意外とそんなに嫌な記憶じゃないのよね。よくがんばったな~って、自信を持って、自分に言ってあげられる体験になったから、それはそれでよかったよ」

 

私は、衝撃を受けました。

当たり前のように、助産師さんも超安産なはずだと思い込んでたからです。「東大の塾の先生も当然東大出身だと思ってたのに、違った」みたいな衝撃でした。それに、難産でも「よかった」と言っている人を初めて見たので、「難産でもいいんだ」と思えたのも衝撃でした。

自分は一体、何を基準に、何を頑張ろうとしてたんだろう。

そこでやっと、自分が受験みたいな感覚で妊婦生活を送っていたんだということに気づいたのです。

 

そんな私は、出産当日、一体どんな分娩をしたのでしょうか? 次回をお楽しみに!

 

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田房永子

1978年東京都生まれ。2000年漫画家デビュー、翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。コミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA中経)を2012年に刊行、ベストセラーとなる。2作目『ママだって、人間』(河出書房新社)では、自身の妊娠・出産について執筆。妊娠中や0歳育児で感じた、母乳信仰や母性神話の不合理さについてのエッセイ『母乳がいいって絶対ですか?』(朝日新聞出版)など話題作を続々と発表中。

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