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1歳と2歳の子を抱え離婚。家事、育児、仕事の全てをひとりで負ったシングルマザー

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出産後、2年ぶりの仕事復帰をして半年経つ頃、子供が1歳と2歳の時に離婚しました。

離婚をきっかけに収入の多い仕事をしようと思い、肉体労働が主のルート営業に転職しました。

離婚した当時は、

「女手ひとつでもやりくりしてやる!」

「父親がいる家庭よりも楽しくて仕方がない家庭にするし、寂しい思いなんてさせない!」

と、毎日家事も育児も仕事も一切手を抜かず、完璧な日々をおくっていました。

 

朝は4時半に起きて自分の身支度をし、5時~5時半頃にいつもぐずり始める当時1歳の長女を抱きつつ朝ごはんを準備します。

その後2人の機嫌を損ねないようにかわるがわる、抱っこしてあやしながら朝食を食べさせ、喘息の吸入・投薬に、アトピーの保湿クリームを全身に塗り、トイレを済ませ、お着替えをさせ…いつも7時半頃に慌ただしく保育園へ預けます。

 

18時頃お迎えをし、お家に帰るとすぐに夕食を作り、お風呂に入れ、夕食の時間です。まだまだ手のかかる1歳と2歳の子供達…何をするにも苦戦しました。

夜も喘息の吸入・投薬に全身保湿クリームを塗り、色々寝る前の準備をし、読み聞かせをして21時過ぎに寝かしつけます。

 

21時半頃にやっと自分ひとりの時間ができます。

もうこの時間はへとへとですね。30分くらい、ボーっとして動けない日が多かったです。色々している内に…いつも寝る時間は深夜1時頃になっています。

 

平日はほぼ子供達とゆっくり過ごす時間なんてなく、ただただ生活するためだけのやるべき事を慌ただしく行うだけでした…。

長男は左耳が急性中耳炎になりやすく、毎月のように熱が出ることがあり、保育園からの呼び出しの電話がありましたが仕事上お休みすることはできません…。

仕事中も長男の痛がる姿ばかり頭をよぎり、早くお迎えに行きたい…辛い思いさせてるな…と取引先からルートカーの中に戻る度に涙がでました。

診察受付終了ギリギリまで仕事をし、急いでお迎えをして病院へ行きます。

いつもの薬を服用すると翌日の朝には熱は下がり、そのまま保育園へ預けていました。

 

この仕事をして1年経つ頃、長女に続いて長男と私も含め3人ほぼ同時にインフルエンザに感染しました。

前日に受診した長女を実家の母親に預け、高熱でぐったりの長男を抱きながらも私も高熱でフラフラしながら受診した時、看護師さんの、

「お母さんもインフルエンザなっちゃたね、子供達もまだ1歳と2歳でしょ、一人で頑張ったね、偉いよ」

の言葉に、離婚してからただただ突っ走ってきた私の張り詰めていた気持ちが一気にパンクした感じで、声に出して号泣していました。

 

正直、離婚=ダメな親というのが私の頭の隅っこにずっとあって、仕事も休んで会社の方や取引先に迷惑もかけてしまい、全然ダメじゃん私…と思っていました。

離婚してから初めて人に「頑張ったね、偉いね」と言われたことで、私ちゃんと頑張れていたんだ。と思い、長男をギューと抱きしめながら一気に力が抜けていきました。

 

インフルエンザをきっかけに、長男の左耳の急性中耳炎になる回数が増えていきました。仕事を1週間も休んだあげく早退も増えていき、職場の先輩から

「ひとり親だからって何でも融通が利くと思ったら大間違いだよ」

と注意を受けました。

近くに病児保育施設などもなく両親も仕事をしている為、本当にどうすることもできませんでした。

 

それから職場でうまくコミュニケーションが取れなくなっていき、私生活にも影響がでるくらい精神的に落ち込んでいきました…。

初めてうつ病になりました。

誰とも会いたくない、話したくない、信用出来ない。子供が泣くとパニックに陥りました。外出も嫌で保育園の送迎だけでも苦痛になりました。

いつもは厳しい母もこの時は「全面的にサポートするから今はとにかく休んでちょうだい、何も心配しなくていいし今は何も考えなくていいから」久々に深い話をしました。

 

そして、仕事を辞め無職になりました。ボーっと毎日を過ごしていたある日、もうすぐ2歳になろうとしていた長女がいつまでも赤ちゃんの時のままのポンポコリンなお腹をしているので、

「しゅーのお腹は何でこんなでっかいのかな…何が入ってるの?」

と淡々と聞くと、

数秒考えて「…幸せ」と満面の笑みで答えました。

 

仕事を辞め家事も育児も満足に出来ない状態が続いていて、母親としても自身をなくしていた私…どこで聞いたのか、幸せの意味も理解しているのか分からないが、この子はこんな状況でも『幸せ』って思ってくれていたんだ。と涙が止まりませんでした。

この1~2年『幸せ』なんて口にした事もなかったし、考えた事もありませんでした。すごくこの言葉に救われました。

頑張ろう!幸せにしてあげよう!と久々に前向きな気持ちになれました。

 

今は在宅での仕事でなんとか収入を得ることができないかと模索中です。

両親の援助を素直に受けながら、周りに頼る事を忘れず、精神的にも落ち着いてゆとりのある子育てができる日々を過ごしています。みんなありがとう…。

著者:みけ
年齢:30歳
子どもの年齢:4歳と3歳

年子の子育てがこんなにも大変だとは…仕事・家事・育児の両立の難しさに、悪戦苦闘の日々をおくっているシングルマザーです。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。