妊娠36週の定期検診、かかりつけの産婦人科でいつも通り血圧を測ると、149といきなり高数値が。
それまで血圧はもちろん、その他の検査でも異常はなく超優良妊婦だった私には驚きの数値でした。
その日の検診で、先生から妊娠高血圧症候群という病名を聞き、自宅での絶対安静を言い渡されました。
毎日2回自宅で血圧を測り、下は90、上は160を超えたら、すぐに管理入院をするとのこと。
1歳半になる長女のお世話もあるため入院するわけにはいきません。
とにかく1週間後の検診まではできる限り安静にして、自宅で様子をみることに。
それから1週間、毎日2回の血圧測定で出る数値はどれも明らかに管理入院を必要とする値でした。
しかし、妊娠高血圧症候群は自覚症状が全くなく、次の検診まで様子をみよう、と自己判断で病院には連絡していませんでした。
そして、2日後に検診を控えた37週の夜中、突然の胃痛に目を覚まし、嘔吐。
ただの食あたりだと様子をみていたのですが、症状は30分経っても良くならず、それどころか痛みはますます強くなります。
あまりの痛みに耐えかねて、産婦人科に連絡すると、いまから病院に来てくださいと看護師さんから言われました。
夫に運転してもらい、車で病院へ。
診察の結果、近くの大きな病院に救急車で緊急搬送、そのまま緊急帝王切開となりました。
その間も強い痛みは続き、かかりつけの産婦人科に到着してからの記憶は途切れ途切れです。
とにかく、全身麻酔での帝王切開を終えて、目がさめると病室のベッドの上、意識が朦朧とする中で腰回り全体が硬く張ったような強い痛みを感じました。
手術を担当された先生から、赤ちゃんは2035gと小さいながらも元気に産まれたこと、母体の症状が安定し次第、NICUの赤ちゃんを見に行けるようになること、妊娠高血圧症候群が重症化(ヘルプ症候群)していたため、母体は回復傾向ではあるが治療には時間がかかるということを簡単に説明されました。
通常、帝王切開は手術の翌日には歩くように促されると聞きますが、私の場合はベッドから降りて歩かせてもらえるようになったのは、術後10日経ってのことでした。
それまではとにかくベッド上で安静。
一日中、輸血の点滴と血圧を下げる点滴を差し、常時3本以上注射針が両腕に刺さっている状態でした。
トイレにも行けないため、尿管にカテーテルを通し、入浴もできないので毎日1回看護師さんに身体を拭いてもらいます。
術後3日目には肺に水が溜まって低酸素状態になっていたらしく、酸素マスクを装着しICUに。
ICUで3日間、徹底的に治療し、産婦人科病棟に戻ると少し具合もよくなり、産後7日でようやく車椅子に乗ることができました。
点滴やら酸素マスクやら、とにかくたくさんの荷物を持って、看護師さんに車椅子を押されながら、ようやく赤ちゃんとご対面。
ですが、体力の限界を感じ、わずか5分程度眺めて退散。
それからはみるみる回復し、毎日ひとつずつ酸素マスクや注射針など装備が取れ、10日目には自分の足で立って、個室内のトイレまで歩けるようになりました。
翌日には、看護師さんの立ち会いのもとシャワーを浴びるまでに回復。
そして、12日目の血液検査の結果をみて、問題なければその2日後に退院と、先生から嬉しい知らせを受けました。
血液検査は異常なし、ようやく退院が決まり、術後2週間で治療を終えて、無事退院することができました。
赤ちゃんはその1週間後に退院し、現在は大きな病気もなく、元気に成長してくれています。
退院後は帝王切開の際にできた血腫の経過をみるため通院していますが、順調に小さくなっているようです。
退院後にネットでヘルプ症候群について調べてみると、妊娠高血圧症候群が重症化し、様々な合併症を引き起こす恐ろしい病気だったと知りました。
とにかく、妊娠は文字通り命がけのものだと改めて感じさせられる出来事でした。
こんなに大変な思いをして産むからこそ、その後の子育てを乗り越えることができ、より我が子を愛おしく思えるのだとも感じました。
著者:たむたむ
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