前回まで娘の顔のアザの治療について書かせて頂きましたが、治療のための通院よりもアザ自体の心配よりも、日常生活での第三者からのリアクションが一番こたえたかもしれない…と当時を振り返りながら思いました。
顔の真ん中の真っ赤なアザだったので、抱っこしていてもベビーカーに乗せていても、外出の度に見知らぬ人に「お口どうしちゃったの?」と聞かれ、薄くなるまでの約一年半の間ほとんど毎日、多い日には4~5回「生まれつきのアザなんです」と答えていた気がします。
勿論皆さん悪気はないし、赤ちゃんを気にしてくれる気持ちはありがたいのですが積み重なると割とつらく、外出が億劫に感じる時期もありました。
「生まれつきだし健康にも問題ない、いつか消えるから娘が困るものじゃないし私が悪いわけでもない」と気にしないよう努めていましたが、聞かれる度に「やっぱり目立つよね」と再確認させられるようでした。
そしてそこに「かわいそう」と続けられた時は、
・自分は可哀想だと思わない、思いたくない
・相手にしてみればただの世間話&相槌なのでいちいち反応する事じゃない
・でも相手にとっては娘は「可哀想な赤ちゃん」
この辺りの気持ちがぐるぐる混ざって、『全然そんなこと無いけどもし娘が可哀想なんだとしたら、あなたがそう言った瞬間に可哀想になったのでそこのところヨロシク!』と心の中で訴えていました。
尋ねる人からしてみれば怪我なのか生まれつきのアザなのかは判断出来ないし、自分の前に何度聞かれたなんて分かりっこない、それにそうやって声をかけることで虐待の早期発見に繋がるという事も大いにあると思うので、ネガティブなコメントは一切しないで欲しいと言いきることは出来ません。
でもせめて「可哀想」は言わないでくれたら折角の声かけにモヤモヤせずに済むのになと思います。
そんな私ですが、流石に通りすがりのご年配の方に「私は四人産んだけどそんなアザがある子はいなかった、見たこともない。今の子は可哀想ね…」と言われた時はこれを気にして落ち込むのは損だと思って見事スルースキルを発揮することが出来ました。
著者:こたき
年齢:20代後半
子どもの年齢:2歳
2015年3月に娘を出産。かわいい我が子の成長をtwitterで綴っています。
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