まいどおおきにさとえみです。
今回は乳首がガラスの十代のようにキレた話です。
キレたというか割れたというか裂けたというか…なんだかそれに近いけれど言葉にするのも痛いので深く考えずにキレたとここでは書かせてください。
とにかく母乳をあげていたら乳首がキレてしまった。
長女の時は特に問題もなく授乳できていたのに、次女におっぱいをあげているとみるみる内に皮がむけて行きヒビが割れ…最終的に言葉にできん状態になってしまった。
なまじ経験があるだけに事態を重く受け止めずに限界まで悪化させてしまった。
授乳をするたび悲鳴をあげるようにまでなったので、最終手段と思って旦那ハーンに母乳専門のナースを呼んでもらうように頼んだ。
その時じゃっかんめんどくさそうな態度をとられたけど、それを責める気も起きないくらい痛さ。それが乳首がキレるというアルマゲドン。授乳における最終戦争である。(もう何を言っているのか自分でもわからなくなってきた)
その母乳専門ナースが到着した。午前中に電話して午後に来てもらえたのは、このベルギーにおいては奇跡に近くとてもありがたかった。
彼女は派手ではないものの、オシャレな普段着を来ていてぱっと見にはナースには見えなかったが、そのカバンはそのオシャレな格好に不似合いなくらい大きかった。赤ちゃんの体重を測るためのスケールなどでいっぱいなのだろうと思う。知らんけど。
ナースはまず授乳してみろと言った。
心の中で断末魔をあげながらいつもの通り次女におっぱいをあげていると、ナースは脇の付近に触れながら「感じる…!母乳が流れて行くのを感じる…!」と打ち震えた。 「触っただけで母乳が出ているのが分かるなんてさすが、専門のナース!」 …とも思ったかも知れないけれど、その時彼女はなれない英語で私と会話していて英語で表すと 「I feel it...! I feel it !!」と言いながらチワワのようにプルプルしていたので、吹き出すのをこらえるので必死であった。
思えばその頃はほとんど腹の底から笑った記憶がないので、お笑いが人生の一部である大阪人としては彼女による笑いが救いになったようにも思う。
結論から言うと、さとう次女ともに「何も問題がなかった」。
おっぱいのあげ方は少し指導されたが、とくだん飲みにくい乳首ということでもないらしい。次女も飲み方が不器用という感じでもなく、ただただ「乳首が回復するまで母乳が止まらないようにすれば良い。乳首の傷は塗り薬や乳首カバーをすることによって治癒する(もう知っている知識)」とのことであった。
今思えば次女は筋力がほかの2人よりも強いので、ダイソン並みに衰えない吸引力が乳首の回復力を上回ったのが原因とは思うが、当時は専門のナースに診て貰えばこちらの思いもつかない原因が見つかりすぐに解決してくれる!と過剰に期待していたのもあって、肩透かしをくらった。
母乳の量が減少しないためにハーブティーや黒ビールも勧められて、一応買って試してみたもののどちらも長く続かなかった。
そして次女一歳の頃を見計らって断乳した。それまでにも乳首は治ったり悪化したりを繰り返したので、もう限界であったのである。
と言ってもベルギーでは長くても3ヶ月で母乳をやめてしまう文化であり、逆に英雄扱いしてくれるので良心は呵責しなかった。
というわけでこのナースにお世話になったのも出会ったのもこれが最初で最後であったが、本当に貴重な経験になったのは言うまでもなく、今でも「I feel it」を思い出してププッと笑うさとうなのでした。
ほんまおおきにです!
著者:さとえみ
年齢:37歳
子どもの年齢:4歳6歳8歳
大阪生まれの大阪育ちで似顔絵師をやっていましたが、今はフランダース地方で白目むきながら三姉妹の母をやっております。日々の生活に追われながらも絵を描くことだけは忘れたくないと時間短縮のためにたどり着いたのはiPad miniでブログ絵を描くこと。考え方のまるで違うシロクマ似の旦那様と元気いっぱいの三姉妹に囲まれて、「パトラッシュ…もう疲れたよ…」と言いながらもブログを更新しております。
ブログ:フランダースの三姉妹
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