地方の片田舎で生まれ育った私は、幼い頃からたくさんのご近所さんに見守られて大きくなりました。
そんな私の、都会での新生活。
夫の仕事の関係で引っ越した、ぼっち育児。
孤独に苛まれ、追い込まれることもありましたが、
そこには、“都会の人は忙しない”なんていう、ネット上にはびこる言葉とは裏腹に
たくさんの優しさがありました。
■満員電車で泣く娘…それを見た会社員グループ
私はその日、娘と一緒に少し離れた町の病院へと行く予定がありました。
買い物も済ませ、帰路についた頃には運悪く帰宅ラッシュの時間帯。
抱っこ紐といえど乗車率トップを競うその線での満員電車は、壮絶です。
あれよあれよと人の波に押され、身動きの取れない車両中央へと押し流されてしまいました。
驚いた娘は泣き始めてしまい、けれども動けない…どうしよう…。
必死にあやすも、眠気でぐずる娘は泣き続け、疲れ顔の周囲の人々に、申し訳ない状況でした。
すると…
少し離れた位置にいたスーツ姿の男性三人が、こちらに向かい、必死に面白い顔をしています。
グレイヘアの渋い男性と、若い二人のお兄さん。
そんな三人が、笑顔でいないいないばぁをしたり、ハンカチをひらひらしたり…その様子には、周りの人々もギョッとした様子でした。
そして、その口元は『だいじょうぶ、だいじょうぶ』と、ささやいてくれているようでした。
それでも娘のぐずりは止まず、私は次の駅で降りて歩いて帰ることに。
降りていく私たちに、その男性たちは親指を立てて、笑顔で見送ってくれました。
眠気ぐずりに面白い顔はなかなか通用しませんでしたが、
あの方たちの笑顔が、申し訳ない気持ちで押しつぶされそうだった私の心を
救ってくれださったのは、事実です。
■夜泣きの娘を外であやしていると
上の娘が生まれた頃は、にぎやかな街に住んでいました。
まさに、眠らぬ街・大都会。
24時を過ぎても明かりのついた店が多く、終電後も人がたくさん行きかっていました。
そんな街の、ちょっと路地裏に入ったところに住んでいた私たち。
部屋の中では眠らぬ街、なんて言っていられず…。
この頃は、娘の激しい夜泣き、夜驚症にも悩まされていました。
さすがに静まり返ったマンション内で泣かせ続けるわけにもいかず、
そっと部屋を飛び出し、私は近くの24時間営業のスーパーの近くで、いつも歩きまわってあやしていました。
深夜でも明かりがあり、人の流れがあるその場所では、店員さんも優しく声をかけてくださり、安全面でも安心感があったのです。
その日も、泣きぐずる娘をあやしていると…
そこに、買い物帰りであろう少しコワモテのお兄さんが、近付いてきました。
(うるさかったかな…)
と、怒られる覚悟で、ドキドキしていると…
「何歳なの?」
「え…!あ…まだ、10ヶ月で…」
「そっか~。大変だな、こんな時間に。」
そういって、苦笑いするお兄さん。
すると、娘の顔をみて…
「でも、いい声で泣くんだな。元気がでるよ。」
娘の、親であろうと頭に響く激しい泣き声を“いい声”…。
それは、あまりにあたたかく、衝撃的な言葉でした。
赤の他人にとっては、不快でしかないであろうこの金切り声を、“いい声”だなんて…。
私が、「ありがとうございます」と何度も繰り返し頭を下げると、
お兄さんの方も「ありがとう」と笑って、去っていきました。
■子どもの泣き声は、元気に生きている証拠
はじめての赤ちゃんで、不安でいっぱいだったこの頃。
娘が泣き始めると、“どうしよう”“早く泣き止ませないと”で頭がいっぱいになっていました。
でも、お兄さんの言葉で、少し考え方が変わりました。
“娘の泣き声は、娘が元気に生きている証拠なんだ”
もちろん、たくさんの人が生活しているさなかで
子どもを泣かせ続けることはなかなか難しいのですが…
そんな意識がうまれただけで、私の心はスッと軽くなりました。
二人目育児の峠を越えた今では、泣いている子を見ると
ふと、思えるようになりました。
“元気な、いい声だな~”
親御さんがここまで元気に育てたから、この子は泣いて、あのおもちゃが欲しいとか、
あのお菓子が欲しいとか、甘えて泣くことが出来るんだ。
その様子は、不快なんてものではなく、微笑ましいものでした。
最近では私も、機会があると
困惑するお母さんに声をかけるようにしています。
「元気な、いい声ですね!」
たくさんの優しさに助けられてきた私です。
これからは、少しずつ周りに、優しさと恩を返していけたらと思っています。
ゼクシィBaby WEB MAGAZINEの記事
著者:たんこ
年齢:31歳
子どもの年齢:6歳と3歳
発達ゆっくりさんな娘と能天気な夫と、新たに加わった暴れん坊な息子と暮らす、元ひきこもりの凶暴な大根です。
instagram:@kei_mio
twitter:@mio_tanko
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