2歳になったばかりの次男は、妊娠32週で出産に至りました。早産だったものの、呼吸も安定しており、元気に産まれてくれたのです。
私は2度目の出産でしたから、いきみ逃しから実際のいきみまで、余裕をもって行うことが出来ました。もちろん痛みは壮絶でしたが、やはり1度経験している分、気持ち的にも楽でした。
陣痛の波に合わせて必死にいきむと、にゅるりと何か大きなものが出たような感覚。
そして体がスッと楽になり、私はゆっくり深呼吸をしました。経産婦の私には、赤ちゃんが無事に出て来てくれたことが容易に分かりましたし、「これで痛みから解放される!バンザイ!」と一気に気楽になったものです。
そうは言っても、会陰切開をしていますし、赤ちゃんが出たばかりですから、下半身にまだ痛みは残っていました。
それでも、もういきむ必要もないですし、あとは胎盤が自然に出て来るのを待つだけ。
第一子を産んだ時がまさにそうでしたから、産んでしまえばあとは楽チン!という感覚だったのです。
しかし、私ののんきな考えはあっさりと破られました。
「まずいね。胎盤でないね」
私のお産には2人の産科医がついており、1人の産科医がそう呟いたのが聞こえました。
そして産科医が突然、内診しながら私の子宮を手でグリグリ刺激し始めたのです。
突然のことでしたし、お産が終わったばかりで会陰切開もしていた私は、あまりの痛みに絶叫。
「ぐぉぉぉおおお!!」
「頑張って力抜くよ~!」
産科医にそう言われたものの、この激痛の中、どうやって力を抜いていいのか分かりません。
側にいた若い助産師さんが手を握ってくれたので、その手を強く握り、どうにか下半身に力を入れないよう意識することが出来ました。
「うーん、胎盤でないな。このままへその緒を引っ張ったらちぎれそうだし…。どうしようかな」
内診グリグリをしながら産科医が言いました。
私はと言えば、痛みに悶絶しながら産科医の言葉にゾッとしていました。
「へその緒がちぎれそうって何?!胎盤が子宮に残るってこと?!」
胎盤が残ってしまった場合、手術や最悪子宮全摘出する可能性があることを、私は雑誌やネットでなんとなく目にしたことがありました。
結局、その後も内診グリグリがしばらく続き、なんとか胎盤の排出に成功。
私は産後すぐよりも、ぐったりしていました。
「やっと痛みから解放だ…会陰切開の縫合は麻酔を使うはずから、もう痛いことはされないよね!」
第一子出産後は、会陰切開の縫合は麻酔を使い、痛みは一切なかったため私は安心しきっていました。
「それでは会陰切開をしたところの縫合に入りますね」
私はお気楽に「はーい、お願いしまーす」と答えました。
しかし、その瞬間、再び絶叫してしまったのです。
「ぃたぁぁぁい!!!!」
「はいはい、力抜いてー!!リラックスー!」
産科医からまた注意されましたが、こんな痛みの中どうやってリラックスするのか教えて欲しいものだと、心から思いました。 膣に針を通される度に絶叫する私。
「なぜ、麻酔を使ってくれないんだよー!?」
私の心の声が届いたかのように、産科医が言いました。
「ごめんなさいね。膣の奥の方を会陰切開したからここは麻酔が効かないの。ここが終われば麻酔が使えますからね」
私は自分の下半身が見えませんから、どういった状態なのか産科医の言葉では正直意味が分かりませんでした。
しかし、麻酔を使わず膣に直接針を通していくことにゾッとしたのです。
そして私は縫合が終わるまで、絶叫し続けたのでした…。
私は陣痛の痛みも、出産時の痛みも耐えることが出来ます。 産まれた瞬間の喜びが大きいですから、何度でも何度でも耐える自信があります。
しかし2年前を思い出してもハッキリと言えることは、陣痛の痛みよりも出産の痛みよりも、産後直後の内診グリグリや会陰切開の麻酔なし縫合の方が何倍も何十倍も痛いということ。
あの痛みは長い人生、1度たりとも経験したことがありませんでした。
出産は産んでしまえば痛みや苦しみは終わりだと思っていたのですが、産後のあの痛みだけは一生忘れられそうにありません。
ゼクシィBaby WEB MAGAZINEの記事
著者:かつどん子
年齢:30代
子どもの年齢:3歳・2歳
男の子2人のママ。毎日元気に走り回っている2人を後ろから必死に追いかける日々。趣味はドライブと食べること。週末は美味しいものを求めて家族みんなでお出掛けしています。
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