祖母が病に倒れて療養中に、私のはじめての妊娠が判明しました。
おばあちゃん子だった私は妊娠を報告したくて、遠く離れた場所に住む祖母にすぐに電話をかけました。
電話に出た祖母の声は、私の知ってる声ではなく、弱々しくかすれていて心なしか息づかいも荒い様子。
つい半年前に会った時には元気だったのに、すでに電話越しでもわかるくらい体が辛そうでした。
それでも祖母は、まるで自分のことのように喜んでくれました。
「よかったなぁ。おめでとう。ひ孫が楽しみだねぇ」。
でも、祖母はひ孫の顔を見ることなく、それからほんの数日後に亡くなってしまいました。
祖母と話ができたのは、その電話ごしの妊娠報告が最後でした。
病気になった時から覚悟はしていましたが、やっぱり悲しくて悲しくて、一晩中泣き明かしました。
そして翌日、新幹線で祖母のお葬式へ向かいました。
お当時ツワリがかなり重い時期で、一日中何度も吐いていたので、お葬式の最中に体調が崩れることも想定していたのですが、不思議なことに、葬儀の間中、ツワリはぴたりと止まり、穏やかな気分でいることができました。
その時に、たくさんのいとこや叔父、叔母達がバタバタと忙しそうに動きまわっている様子をみて、私はなんだか不思議な感覚にとらわれました。
ここにいる人達みんな、祖母がいなければ存在しない人達なんだな〜。と。
祖母の産んだ子どもが3人。
そしてその3人が産んだ孫達が9人。
そして孫達が産んだひ孫が6人、そして今、私のお腹の中にまた新たな命。
祖母というひとりの女性が、貧しいながらも一生懸命子どもを生み育て、これまで生きてきてくれたおかげで、これだけの数の人間が今を生きているんだなと思うと、なんだか不思議な高揚感に包まれて、悲しみよりも感謝の気持ちばかりがこみ上げてきました。
前日までの辛い涙とは違う種類の、温かい涙が頬をツーっと伝いました。
あとから聞いたことですが、私の妊娠報告を聞いた祖母は「自分がいなくなっても、脈々と次の世代に命が繋がっていくことが本当に嬉しい」というようなことを言っていたそうです。
生まれる命と亡くなる命。
命って自分だけのものじゃなくて、ちゃんと繋がっているんですね。
妊娠中に祖母の葬儀を経験したことで、出産に対する恐怖心は薄くなり、新しい命を産むことの責任をより強く感じるようになりました。
おばあちゃん、命を繋いでくれてありがとう。
ゼクシィBaby WEB MAGAZINEの記事
著者:たま
年齢:35歳
子どもの年齢:5歳と2歳
5歳、2歳の娘たちとドタバタな毎日を送っています!
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